自由で幸せになりたいロックな中年男の人生

時代に沿わない「常識」を天使の羽で破壊せよ!中年男の日常そして大好きな清春(黒夢、sads)、X JAPANを始めとするライブレポ。生きることは幸せである、生きることは自由であることを伝えたい。

自己紹介ロングロング

前回フェイスブックのQRコード公開しました。しかし、フェイスブック自体はあまり活用してないので一体どんなやつなんだ?ってのが分からないので、自己紹介することにした。

 

1981年10月4日(天使の日)に大分県別府市で生まれる。

父、母、妹、僕の4人家族。

父は銀行員、母は専業主婦であるが、祖父母が別府温泉で小さな旅館を経営している。

 

転勤族であったため、幼稚園、小学校、中学校で転校した経験がある。

別府市から大分市、そして北九州市、佐伯市、そして別府市へ。

小学校3年生から中学3年まで野球をやっていたが、中学校時代はやる気も無く、音楽やファッションに興味を持つ。

音楽ではヴィジュアル系、特にX JAPAN。

 

高校は別府市内の進学校に入るのだが、早速バンド活動を始める。

ファッションにもとことんこだわり出し、この頃からロック系やモード系のファッションを取り入れる。

アルバイト禁止の学校ではあったが、夏休みや冬休みなどは短期でバイトもするようになる。

 

そして高校1年の秋に初めて行った黒夢のライブ。この日を境に黒夢、そしてヴォーカルの清春を崇拝するようになる。(現在に至るまで20年以上)

マジョリティーよりマイノリティー。

とにかくトゲトゲしく我が道を行く。

そんな生き方に憧れを持ち続ける。

 

高校2年時にはバンド活動で初ライブを行う。

ちなみに、もちろんヴォーカルです。

当時はXのギタリストであるhideが亡くなった年でもあり、hideのカバー曲をメインにライブした。

個人的には黒夢のFAKE STARの準備も万端だったけど(笑)

 

このままバンドをやりたい気持ちもあったけど、当時はまだ自分で道を切り開いて行くような生き方はできず、なんとなく一般的と思われる大学進学を行う。

マジョリティーよりマイノリティーと言いつつ、その通りに生きられない自分に苛立ちを感じていた時期が長く続くのであった。

 

そんな気持ちのまま、大学は東京に行って、田舎を脱出したかった。

そして慶應義塾大学に行こうと決めた。

理由はカッコ良さそうだから。それ以外に無かった。

田舎者の発想。

 

とはいえ、まさかの受験失敗(笑)

浪人という選択肢もあったが、そこまでする必要性も感じなかったので、他に受かってたところで一番ネームバリューありそうな中央大学の法学部に入ることにした。

 

とりあえずバンドでもやろうかなあとサークルとか色々と回ってみたものの、友達もいないし、なんかうまく馴染めない。

たまたま出会ったソフトボールやってるサークルが凄く良い先輩達だったので、そのまま参加することに。

 

勉強はほぼやらずに、ソフトボールやって、麻雀やって飲み会やってとか、とにかくひたすら遊び倒した。

バンドはやってなかったけど、清春を崇拝してることは変わらないので、髪も金髪にして清春を意識しまくりの18歳だった。

 

それから大学2年になり、少しずつ様々な事に飽き始めてきた。

当時、キムタク主演のHEROというドラマが流行っていて当然見ていたわけだが、検事になろう!と思った。

中央大学法学部は法曹界入りするには有名だし、ちょうど良い!

よし!司法試験受けるぞ!

やると決めたらとことんやる性格。

1日10時間の勉強生活を始めた。

たまに息抜きにスポーツしたり麻雀したり。

4年間くらいやったかな。

卒業後も就職せずに勉強続けたが、合格の光が見えずに断念。

その後実は公務員試験も受けてみたが、受からず。

 

よし!

就職だ!

特にやりたい事も無かったが、同期からは遅れる事2年。

年功序列じゃなくて完全に実力主義で成り上がれる業界にしよう!

基準はこれだった。

 

そしてハローワーク行って探してると不動産業に辿り着いた。

元々学生時代、大学生協の不動産部でアルバイトもしてたので多少の知識はある。

何社か受けたけど、全部受かった。

 

とりあえず歩合給の高そうな練馬の不動産会社に就職。おめでとう!

そこでは、いわゆる賃貸住宅の紹介をメインに行っていた。

割と早い段階で出世していき、営業成績はトップクラス。しかし、会社の仕組みや将来的な事に魅力を感じなくなっていく。

入社してから約5年。

当時の上司から独立の話があり、引き抜かれる事に。

 

ここで大きな失敗を犯す。

そもそも新会社は元の会社の商圏内で設立。

競業避止義務違反じゃなかっただろうか。

しかし、それ以上に当時営業成績トップクラスで天狗になっていた自分の実力の無さに絶望した。

また、元の会社による様々な嫌がらせにもあい、わずか2ヶ月で新会社は活動停止(笑)

この時気付いたのは、今までは会社のブランドに守られていたということ。

つまり、「◯◯会社」の宮崎さんは信頼してるけど、宮崎さんは信頼してないということ。

自分の人徳の無さに気付くのだった。

 

新たな会社はすぐに見つかる。

最初の会社の時のお客さんと仲良くしていたのだが、その人から紹介された会社だった。

不動産業を立ち上げたばかりのベンチャー企業。仕組みも何もない、1から全てを作っていく。

よし!やってやる!

この時心がけていたことは自分の人間力を磨くこと。

宮崎章広という人間を存分にアピールして、頼りにしてもらおう!

新しい会社では本当にいろんな経験をした。

何もないところからのスタートなので、当然頭も使うし、人脈も必要。

ビジネス交流会などにも参加しながら仕事をもらったり、人脈構築をしたりと、今までの動きとは全く変わっていった。

 

そして、1つのターニングポイントとなる事業と出会う。

airbnbです。

いわゆる民泊。

 

自分の中で、これだ!!!と瞬時に判断。

社長に提案して、すぐに事業化。

これが大当たり!

会社は一気に業績を伸ばし始めた。

民泊運営はもちろん、民泊対応物件の仲介、さらには民泊コンサルティングや運営代行業務も立ち上げる。

セミナーも様々なところで行ってきた。

まさにビジネスの時流に乗ったのである。

 

しかし、ピークはそう長くは続かなかった。

一気に参入者が増え、利益があがらなくなる。

 

民泊は儲からない。

 

ちなみにこの流れは想定していた。

だから、こうなる前に、投資としての民泊ではなく、民泊の本質を追求して、差別化できる状態を作り上げたかったのだが、そこまでたどり着くことができず、徐々に下降気味に。

 

そうして民泊事業を立ち上げて3年後。

元々合わなかった社長と決別。

この時35歳。

 

既に1年以内の独立は考えていたが、突然時は訪れてしまったので、準備も何もなく独立!

ここでやるしかない!

 

とりあえず今までやってきた事をそのまま個人として継続することに。

ここで、この数年間やってきたことが生きる。

これまで取引していた会社や事業者の方々は全員、応援してくれて独立してからも継続的な付き合いをしてくれた。

さらにわずか2ヶ月で離れた会社の社長とも関わるように。

 

とりあえず独立してからは、民泊事業を継続。

しばらくすると仲間が新しい不動産活用の話を教えてくれた。

それが貸し会議室などのレンタルスペース事業。

すぐに仕組みを構築しやり始める。

これが今の僕の仕事を支えてくれるキッカケになった。

さらには、これまで付き合いのあった不動産業者さんからも、様々なお話をいただき、何億円もの取引を成立されたりすることもできた。

 

本当に人に支えられながら今を生きている。

また、独立してからとにかく読書をするようになり、自分の価値観も時代とともに大きく変わっていった。

これまでの僕はとにかく自己中心的。

自分が楽しければそれでいい。

自分を中心に世界が回ってるなんてアホなこと言ってたくらい。

 

しかし、今は自分に関わる人はもちろん様々な人が笑顔になる、幸せを感じるようなお付き合いをしていきたいと思いながら生きている。

仕事するときも常にその気持ちを持って人と接していると、これまで仕事していたときには味わうことのできなかった満足感を得ることができるようになった。

今後も今の気持ちをもって生きていきたい。

 

今は、民泊事業、レンタルスペース事業の他にも、起業コミュニティを作って勉強会をしたり、スタートアップ会社のお手伝いもしている。

今後は地元にある70年以上続く、宮崎家の旅館を経営したいと思っています。

まだまだ、残し続けていきたい!

 

ところで、ちょうど民泊事業を立ち上げて軌道に乗っていたとき、崇拝する清春が黒夢を復活させた2014年。

全国各地を仕事サボってでもライブに行きまくった。

約20年間ファンをやっていたがファン仲間はいなかったので、ほとんど1人でライブに通っていた。

しかしSNS全盛時代、ツイッターを通じて様々な知り合いもできた。

当時全国を回る中で、色んな方と知り合い、清春ファン友達も何十人と増えた。

実はその中の1人と2017年に結婚したのです(笑)

自分が情熱を注いで行動した結果、全く意識していたわけではなかったけど、結果的に予想外に嬉しい出来事が起こったというわけだ。

思わぬ出会いもあるんだなあ。

そして行動する事の大切さを見に染みたわけです。

 

今はそんな妻と2人で暮らし、毎日楽しく過ごしてます。

妻の笑顔を見て過ごす日々がとても楽しい。

だから他の人も笑顔で過ごせるように、自分もそのお手伝いが少しでもできれば良いという気持ちがいっそう強くなった。

 

そんな男です(笑)